2023/07/15

豚の呼吸器病:マイコプラズマ ハイオニューモニエ

豚の呼吸器病:マイコプラズマ ハイオニューモニエ

Dr. Jordi Mora
Global Director, Technical Service
ECO Animal Health Ltd, UK

ECO Animal Health社のグローバルテクニカルサービスからお役立ち情報をお届けします。

はじめに

マイコプラズマ ハイオニューモニエ(Mhp) が主要病原体の一つと言われている豚複合呼吸器病(PRDC)は、肥育育成豚の治療コストの半分以上を占めているといわれています。2014 年に Holtkamp 博士が実施した調査では、Mhp は肥育舎で最もコストのかかる病原体の1つであると結論づけています。

診断技術、換気・管理システムの設計、新規抗生物質やワクチンの開発が大幅に進歩したにもかかわらず、養豚産業におけるこの病原体の経済的被害は減少していません。Mhpの存在が当たり前となってしまい、Mhp対策やその清浄化戦略の可能性とその利点を考えることが少なくなっているのではないでしょうか。

Mhpの最も重要な特徴は、PRRSウイルス、豚インフルエンザウイルス、パスツレラ マルトシダ、アクチノバチラス プルロニューモニエを含む他の病原体との負の相乗効果です。これらの複合感染症の重症度は、Mhpが適切にコントロールされていれば大幅に軽減されます。

呼吸器病における免疫系の役割

見落とされがちな点は、ほとんどの肺病変と観察される臨床症状が、Mhpによるものではなく、Mhpに対する宿主自身の炎症反応によって引き起こされるということです。これはヒトコロナウイルス感染症においても、科学的におおきな関心が寄せられています。

Mhpは肺胞マクロファージやリンパ球を刺激して、肺病変形成に役割を果たす炎症性メディエーターを産生し、リンパ球の過形成を引き起こすことから、病変形成に免疫応答が関与していることが確認されています(図1)。さらに、Mhpとの負の相乗効果をもたらす二次病原体の多くも免疫調節作用を示します。つまり、豚の呼吸器病の大半は、疾病の経過過程における炎症によって悪化していることを示唆しており、治療法を選択する上で重要な項目です。

図1.屠殺時に確認されたMhp肺病変例

獣医学で使用されているマクロライド系抗菌性物質の中には、有益な抗炎症作用や免疫調節作用を有することが認識されています。これらの作用と抗菌活性は、肺炎症状を示す豚の臨床症状を改善させることが可能となります。アイブロシンの有効成分であるチルバロシンも、炎症を抑制し、炎症の解消を促進することが研究において示されているマクロライド系抗菌性物質の一つです。In-vitroでは、好中球やマクロファージのアポトーシス(有毒な細胞内成分が宿主組織に流入しダメージを増大させるのを防ぐためにプログラムされた細胞死)を誘導することが明らかになっています。また、Mhpを含食した好中球を取り込む、マクロファージのエフェロサイトーシスを促進し、病原体本体を取り除き、炎症の解消に関与する有益なメディエーター(Lipoxin A4とResolvin D1)の放出を誘導しながら、炎症性メディエーター(CXCL-8、IL1α、およびLTB4)の産生を阻害します。このようなマクロライド系抗菌性物質の抗炎症作用や免疫調節作用は、MIC値からは効果が期待できない病原体と併発した呼吸器疾患の治療にも有効であると考えられています。

Mhpが存在しつづける理由

抗菌療法とワクチネーションがMhp感染を減少させることがわかっています。しかしながら、ワクチン接種にもかかわらず、Mhpによる呼吸器病は未だに多く確認されます。Mhpや PRDC に関与する他の病原体に感染した豚群における異なる治療法やワクチネーションの有効性に関する情報はまだ不十分であると思われます。これらに対する答えは、この病気の最適な治療法と対策戦略を開発するために必要です。

我々によって実施された様々な試験・研究をまとめ、Mhpによる肺病変発生を表1に示しました。これらの結果を過去のデータと比較すると、屠殺時に検出された肺病変を用いて確認した肺炎発生率は過去20~30年間でほとんど変わっていないことがわかります。養豚産業の多くの進歩を考えると、どのように説明するべきでしょうか?

表1.各国における肺病変が確認されたと殺豚の割合(ECO Animal Health社調査、2016-2017年)

一つにはMhpをコントロールするために実施された対策は、かつてのように認識されていたほど効果的ではなくなったということではないでしょうか。著者の意見ですが、マイコプラズマ性肺炎の制御に失敗したことは、現代の養豚業界がMhpに対する課題が増加したことを意味しているのではないでしょうか。これらの要因には、以下の項目が挙げられます:

  • 農場規模の増加
  • 未経産更新豚の割合の増加
  • 繁殖農場と導入先農場のヘルスステータスの違い 例)Mhp陽性/陰性
  • PCV2、高病原性PRRS、豚インフルエンザなど、Mhpとの負の相乗効果をもたらす新興疾病の増加

このような大きな変化が産業の進歩に結びついている中で、豚の健康と福祉をさらに向上させるために、Mhpの治療と管理を見直す機会がきたのではないでしょうか。

考慮すべきMhpの重要な特徴

Mhpは非常に特殊な特徴を持つ病原体であり、各農場で最適な対策戦略を設計する際に以下の点を考慮するべきです。

  • 水平感染はそれほど多くない
  • 感染した母豚による排菌期間が非常に長く、200 日を超える
  • 母豚から子豚への垂直伝播、特に未経産更新豚群
  • 各豚への感染圧に非常に密接に関連している臨床症状

2005年にFano博士らが発表した研究では、離乳時のMhp浸潤率と屠殺時の肺病変の重症度との間に有意な関係があることが証明されています。この研究とミネソタ大学での他の研究により、2005 年に Pijoan 博士が以下のような声明を発表しました。

  • 母豚の免疫状態と排菌は、分離離乳システムにおけるマイコプラズマによる感染症の疫学において最も重要な要素である

母豚の感染状況を考慮しながら対策を考える

現代の生産システムにおいて未経産更新豚の役割はますます重要になってきており、Mhp 感染状況と排菌、そして個々の免疫状態がますます重要になってきています。課題は、Mhp陰性の更新豚をMhp陽性の農場に導入させているということです。導入された更新豚がMhpに暴露され、防御免疫を確実に定着けさせるのと同時に、他の母豚や新生子豚への感染を防ぐという絶妙なバランスを保つことが本当に難しい課題となっています。Mhpの垂直または水平感染を防ぐ、あるいは最小限に抑えるために、更新豚を馴致することが現代の豚生産システムでは重要です。同様に、マイコプラズマ肺炎の対策戦略は、離乳時の感染率を可能な限り減らすために、垂直伝播の重要性を考慮するべきです。

肥育前期の段階でMhpの発生率を軽減させるための戦略的な抗生物質の使用は、群全体の健康状態の改善、感染圧の減少、臨床症状発現を防止することにより、PRDC含めたMhp関連疾患の影響を減少させることができます。

分娩前にターゲットを絞った選択的な抗生物質投与を行うことで、Mhpの垂直伝播を防ぐことができる可能性が試験で実証されています。出生早期にMhpの発生率を制御することで、肥育期以降の臨床マイコプラズマ肺炎の重症度を低下させることができると考えられています。

まとめ:マイコプラズマ対策を再考してみてはいかがでしょうか?

臨床現場での経験から、肥育前期の治療は、呼吸器病の発生防止と生産パラメーターに大きな影響を与えることがわかっています。Mhpに対して効果的な抗生物質を用い、早期に、短期間で、ターゲットを絞った対策は、垂直感染を防ぎ、初期段階での感染豚の割合を減少させることができます。これは、臨床症状の発現に必要なレベルに達する感染圧を低減することに役立ちます。このような抗生物質療法は経済的にも意味があり、臨床症状が発現した際の抗生物質使用と比較して、総使用量を減らすことが可能だと考えます。Mhpに関連する臨床症状および病変を最小化することは、健康および福祉の改善に役立つだけでなく、生産コストへの影響を低減することにもつながります。

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